場所
結果
結果の数: 235
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場所Campo Maiorカンポ・マイオール カンポ・マイオール(Campo Maior)はアレンテージョ(Alentejo)地方の他の多くの町と同様、ポルトガル南部のスペインとの国境に非常に近い静かで平穏な町です。この町の起源は、3家族の農民が団結して、相互に守り合える集落を築くことを決意したことであると言い伝えられています。 町の名称の由来は古代ローマ時代にさかのぼりますが(当時はカンパス・マイオール(Campus (...)
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場所Carrazeda de Ansiãesカラゼーダ・デ・アンジアィンス 花崗岩が多いカラゼーダ・デ・アンジアィンス(Carrazeda de Ansiães)では、中世の城やロマネスク様式の教会、あるいは先史時代にその地方に人が住んでいたことを示す証拠が残っており、これらは特に一見の価値があります。その素晴らしい例が、保存状態がよいまま残されている岩絵とドルメンでしょう。 この地方の自然の傑作は、リバロンガ(Ribalonga)の「揺れる岩(pedra (...)
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場所Cartaxoカルタショ サンタレン(Santarém)から約10キロメートル離れたところにあるカルタショ(Cartaxo)は、大変古い起源を持った村です。ローマ人によって支配されていた時代には、リスボン(Lisboa)とサンタレンを結ぶ街道上の要所となっていました。 付近一帯は、今も基本的に農業地域であり、一般にカラスカォン(carrascão)(渋いワイン)として知られているフルボディの赤ワインの生産地として有名です。そのワイン生産にまつわる歴史はすべて、地方とワインの博物館(Museu Rural (...)
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場所Cascaisカスカイス 海に面し、もともと一漁村にすぎなかったカスカイス(Cascais)は、14世紀に大きな発展の時代を迎えました。この頃カスカイスは、リスボン(Lisboa)へ向かう船の一大寄港地として、大変なにぎわいをみせるようになりました。 しかし19世紀後半に入り、一般的なレジャーとして海水浴の人気が高まると、その影響で町は最新流行の夏のリゾート地として生まれ変わりました。その背景には、ポルトガル国王ルイス1世(D. Luís (...)
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場所Castelo Brancoカステロ・ブランコ カステロ・ブランコ(Castelo Branco)の起源は、定住者がカルドゥサ(Cardosa)の丘にアルビ・カストラム(Albi Castrum)を築いたローマ時代にさかのぼります。アフォンソ2世(D. Afonso II)は1214年にこの土地をテンプル騎士団に与え、守備と防衛を委ねました。騎士団は城の建設にとりかかりましたが、その城は次第に外へと拡大することになる新しい町の中心となりました。1285年にディニス王(D. (...)
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場所Castelo de Videカステロ・デ・ヴィデ 町の白壁の家々で囲まれた城は周囲の景色を背景にそびえ立ち、訪問者が驚かされる多くのものの中で、まず最初に圧倒される1つであることは間違いないでしょう。この高台から眺めると、アレンテージョ(Alentejo)の壮大な景色の全貌が一望できます。広大な田園地方の中に消え入る小さな村々は視界から消え去ります。カステロ・デ・ヴィデ(Castelo de (...)
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場所Castelo Mendoカステロ・メンド 戦略上極めて重要な地点にある丘の頂上にあり、銅器時代と古代ローマ時代に作られた初期の要塞跡に築かれたカステロ・メンド(Castelo Mendo)は、サンショ1世(D. Sancho I)の命令により12世紀に建て替えられた塁壁に囲まれた歴史ある村です。 1229年、サンショ2世(D. Sancho II)は城の拡張を命じ、年3回の実施を条件として市を開くことを認める勅許を地元の住民に与えました。これはポルトガル全土で初めて定期的に開かれた市で、1281年、ディニス王(D. (...)
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場所Castelo Novoカステロ・ノーヴォ 見事な円形競技場のような形状をしたガルドゥーニャ山脈、セーラ・ダ・ガルドゥーニャ(Serra da Gardunha)にあるカステロ・ノーヴォ(Castelo (...)
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場所Castelo Rodrigoカステロ・ロドリゴ 高くそびえる丘の頂上にある小さな村、カステロ・ロドリゴ(Castelo Rodrigo)からは、東はスペイン、北はドウロ川(Rio Douro)の深い谷まで広がる大地を一望することができます。言い伝えによると、この町はレオン(León)のアフォンソ9世(D. Afonso IX)が、この町に定住し、名前の由来となったロドリゴ・ゴンザレス・デ・ジオン(Rodrigo Gonzalez de (...)