Convento de Santo Agostinho
Convento de Santo Agostinho
遺跡
サント・アゴスティーニョ修道院(Convento de Santo Agostinho)
サント・アゴスティーニョ修道院は、モイーニョ・ド・パペル(Moinho do Papel)に近いリス(Lis)川の左岸に、教会や、修道院、回廊、古い神学校の建物とともに建っています。
この修道院は、ドン・フレイ・ガスパル・ド・カザル(Dom Frei Gaspar do Casal)司教によって1579年に創設されたもので、メインドアの上部にはその紋章を見ることができます。司教は、ドン・セバスティアン(Dom Sebastião)王より修道院建設の許可を与えられましたが、建設工事が終わったのは17世紀になってからのことです。その後、18世紀に、いくつかの修復が行われています。2本の付け柱でくっきりと区切られた2つの大きな塔のあるファサードに象徴されるように、質素な印象を与えるこの修道院の建物は、カテドラルにも共通する堂々とした風格を湛えて、街の風景の中に佇んでいます。神学校は、1671年にドン・ペドロ・ヴィエイラ・ダ・シルヴァ(Dom Pedro Vieira da Silva)司教によって創立されたものです。
ここには、イエズス会の権力と影響力の低下を狙ったマルケス・デ・ポンバル(Marques de Pombal)侯爵の宗教政策による、イエズス会士に対する迫害から逃れてきたマラニャン(Maranhão)(ブラジル)の司教が、長期間暮らしていました。1834年の修道会に対する弾圧の後、この修道院は軍の施設へと姿を変えましたが、1944年に、教会はレイリア(Leiria)教区の保護下に戻されました。
また、教会の内陣にあるライアス製のアルターピースは、エルネスト・コロディ(Ernesto Korrodi)の作品の中でも非常に興味深いものです。教会を除き、修道院の建物は、現在あまり良い状態を留めていません。
サント・アゴスティーニョ修道院は、モイーニョ・ド・パペル(Moinho do Papel)に近いリス(Lis)川の左岸に、教会や、修道院、回廊、古い神学校の建物とともに建っています。
この修道院は、ドン・フレイ・ガスパル・ド・カザル(Dom Frei Gaspar do Casal)司教によって1579年に創設されたもので、メインドアの上部にはその紋章を見ることができます。司教は、ドン・セバスティアン(Dom Sebastião)王より修道院建設の許可を与えられましたが、建設工事が終わったのは17世紀になってからのことです。その後、18世紀に、いくつかの修復が行われています。2本の付け柱でくっきりと区切られた2つの大きな塔のあるファサードに象徴されるように、質素な印象を与えるこの修道院の建物は、カテドラルにも共通する堂々とした風格を湛えて、街の風景の中に佇んでいます。神学校は、1671年にドン・ペドロ・ヴィエイラ・ダ・シルヴァ(Dom Pedro Vieira da Silva)司教によって創立されたものです。
ここには、イエズス会の権力と影響力の低下を狙ったマルケス・デ・ポンバル(Marques de Pombal)侯爵の宗教政策による、イエズス会士に対する迫害から逃れてきたマラニャン(Maranhão)(ブラジル)の司教が、長期間暮らしていました。1834年の修道会に対する弾圧の後、この修道院は軍の施設へと姿を変えましたが、1944年に、教会はレイリア(Leiria)教区の保護下に戻されました。
また、教会の内陣にあるライアス製のアルターピースは、エルネスト・コロディ(Ernesto Korrodi)の作品の中でも非常に興味深いものです。教会を除き、修道院の建物は、現在あまり良い状態を留めていません。
問い合わせ先
住所:
Rua Tenente Valadim e Largo Infantaria, nº 7 2410-190 Leiria